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2014年08月05日

焼き鳥探偵刑事風  ベイちゃん先生

犬が幼女に誘拐される事件

 十一月十一日、レッドブル駅前のレオパレスの一室で、焼き鳥探偵刑事風はチラシ配りの為に外に出ようと刑事風のスーツを着た。玄関の扉を開けると雨だった。雨だと外に出る気にならない。それは刑事風に限った話ではない。歩行者が少ない。歩いている人も傘を差している。手に持ったチラシはA4用紙五百枚ほどだ。濡れるに決まっている。適当な対策をしたところで端っこがフニャフニャになる。困った。と刑事風は思った。

 しかし無理して行くほどの情熱は無かったので刑事風はおとなしくスーツを脱いだ。脱いでふと気付いた。あれえ?捨てられとったところを親切心で拾ってあげてなんやかんや三週間ほど飼っとった犬おらんやーん。という感じで。
 三週間前の晴れた日に「焼き鳥探偵刑事風、大体の事件を三日で解決!」とポップに書いたチラシを配ったりポストに突っ込んだりしていた時だった。十年前はニュータウンだった住宅街にあるよくわからん前衛芸術オブジェが目印の公園に捨てられていた血統書付きの小さい柴犬を拾った刑事風は自分の衣食住もままならないのに三週間もなんやかんやで世話をしていたのだ。
 おらんだらおらんで良いか。と一瞬思ったが、三週間一緒に暮らしていたので寂しくなった刑事風は捜査を開始した。
 密室犬誘拐事件である。でも実は部屋のどこかで寝ているかもしれないので掃除ついでにベッドの下とかを探した。見つからなかった。そりゃそうだよね。とがっかり感を露わにした刑事風は得意の推理をするふりをしてレオパレス中を歩き回った。いなかった。
 誘拐されたのは間違いないと刑事風は思った。普通に逃げ出した可能性もかなりある。狭いワンルームをさらに狭くする巨大な刑事風デスクと刑事風ホワイトボードによって居心地は最悪であったかもしれなかったのだ。それなりの知能をもつ犬が隙あらば逃げ出そうと画策していてもおかしくない。刑事風はそんな可能性を無視して、誘拐事件として捜査本部を設置した。捜査を開始してから掃除して、そのあと捜査して、捜査本部を設置した。順序がバラバラである。部下もアシスタントもいないので混乱は起こらない。全然問題ない。
 誘拐されたとしたら部屋に鍵を掛けずに外に出た時の犯行であろう。刑事風ともあろう人物が不用心なことだ。そんなことを指摘しても、刑事風は刑事風だからと開き直るだろう。
「警察に連絡しようかな」
 腹が減って元気を失った刑事風は弱気に呟いた。でもまあ、犬の失踪くらいで警察は動かんよね(笑)と刑事風は弱気に笑って焼き鳥を食べたくなった。近所には焼き鳥屋があったので、半ば諦め気味の刑事風はとぼとぼと向かった。雨が冷たくて焼き鳥も旨く感じるやろ。とポジティブシンキングをしながら歩いた。
 すると傘を差して血統書付きの柴犬を抱えて散歩をしている幼女がいた。よっしゃあー事件解決したぜぇー?と語尾を上げながら思った刑事風は、あの幼女俺と同じレオパレスの住民やん。と気付いた。その後、焼き鳥を食べた刑事風は家に帰って寝た。



三度の飯よりビラ配り

 再三に渡ってビラ配りをしているのに不信感丸出しの主婦がいたので気分を害した焼き鳥探偵刑事風は、「気分を害したー」と大声で喚きながら自室の床でゴロゴロしていた。アメリカに住む従兄弟から殺人事件の解決のために呼ばれたので行ったら解決していたという無駄金浪費事件から三日経ったある午後十二時であった。そもそも刑事風が間違えているのは、レッドブル駅近郊は犯罪発生率が少ないということだ。刑事風の地元よりは置き引きとか多いよ。というレベルなのだ。はあ?お前ふざけとるやろ!と彼の同級生は思ったけど、小学校以来ずっと言ってきたので言うのに飽きたので言わなかった。友達に全然思われてないどころか呆れられていた。大体、再三に渡ってビラ配りされたら不信感も丸出しになるやろ。主婦の気持ちも考えられ。
 その頃、遅めのジョギングをする感覚でその実、ウォーキング未満の散歩をしていた健康おじいちゃんが隣町との境になっているメモリアル鮎川海浜公園から上流へ三百メートルほどの河原で死体を見つけてびっくりしてこけて救急車で運ばれていた。そんな情報が全然来ない刑事風はテレビで翌日の番組表を見ていた。

殺人事件と言う名の迷惑

 駅前は行政の人たちがいろいろ考えてベストな感じに仕上がったと自信をもってお送りしていた。でもあんまパッとせんのであった。豊富な経験をもち、世界の素晴らしい駅を見て来たトラベラーはこの駅に初めて来て、「あんまパッとせんわい」と言った。昔から住んでいる人はそんなことに気付かず、昔と比べたらきれいになったわー。バリアフリーやし。とうっすら思うだけであった。刑事風はというと、この駅にとても批判的であった。人口十万人くらいの小都市の駅のくせにたまに私服警官が目を光らせていたりしたからだ。熱心に働いて、探偵の仕事ないやん。あと駅前に目立つもんも無いし、パッとせん。
 ビラ配り枚数のギネス記録保持者として名を馳せる前に、探偵として事件を解決しなければならないのに何を批判的になっとるんよ。というのは刑事風の心の中のミニ刑事風の自由律俳句だ。
 そんな心情で駅から見える潰れたボウリング場とゲームセンターの複合施設ビルの方に向かうと、荒廃していた。車1.5台分の道路は全体的にひび割れ、しかし車がガッタガタ言うほどでもなく、市役所の人も余裕で無視している風であった。築三十年程の小汚いアパートメントが乱立していた。ボウリング場までまだ十メートルもあるやん。刑事風は事件の匂いが全然しないので引き返すことにした。そもそもここまで歩いて来たのは無意識に近いのである。二十四時間耐久ラジオのCMむかつくよ。と思いながら引き返した刑事風は死体を見つけた。
 ええ〜?良かったぜ〜。と半笑いの嘘笑いで言うのはまだ早い。というか言わんでいいよ。何故なら刑事風はマジでビビって心臓がギュンッと潰れかけたからだ。
 突如現れし死体。刑事風は警察に電話した。もちろん推理はする。探偵としてほとんど初めてに近い活躍のチャンスをむざむざ逃すわけにはいかない。刑事風は警察が到着するまでに真面目に推理をした。むざむざ逃すわけにはいかんぞ〜。いかんがいぞ〜。と目ぇ見開いて推理した。瞳孔も開いている感じがした。それが災いしたのかしてないのか、どっちでもいいけど推理が進まない。死体はスーツを着たサラリーマン風の男、うつ伏せに倒れている。傷が見えないのに血がドバドバ流れているということは致命傷が顔面にあるんだろう。おそらく上から降って来たわけだから、地面にぶつかるまで生きていたのか、死んでから落とされたのか、どっちかだ。前者だとすれば自殺の可能性もある。その確率の方が高いくらいだ。刑事風は困ったなぁ〜という顔をした。自殺なのに犯人探しとか間抜けやん。そんな風に考えてしまって死体の周りをモタモタ歩いていると何の答えも出せないままにパトカーの音が近づいて来た。緊張して待っている風を装って心中そわそわしっぱなしでいると大通りに車を停めて来た警官二人がやってきた。
「あ〜、これは自殺だな。なあ?」
「ああ、最近こればっか」
 二人組はそんなことを言って、一人は応援を呼びにパトカーへ、もう一人は刑事風に近づいて来て「帰っていいよ」と言った。自殺かよ!じゃあしょうがない。刑事風はきっぱり諦めて家に帰ることにした。

申し訳無さ気な顔

 年末も年末、今日も明日も年末な今日この頃、師走と言うことで、焼き鳥探偵刑事風は忙しくなかった。さらに、年内の焼き鳥代には余裕があった。毎日三食焼き鳥食ったとしても預金はギリギリ残るくらいだ。焼き鳥代だけは余裕だ。焼き鳥代以外は全然余裕じゃない。つまり刑事風は何か依頼を受けて仕事をこなして報酬を貰わないと年始からバイトを探さなければならないのだ。そんなのは嫌なので、刑事風はどうにか地元警察の殺人事件の捜査に関わりたくなった。どうにか刑事に頼まれるような探偵になりたいなー。と思ったのだ。そう思ったが吉日。暖房が微妙に効いていない部屋の刑事風チェアに座って全く動かずに思考を働かせた刑事風は、馬鹿である。全然吉日じゃないよ。と真剣に言ってやりたいくらい阿呆である。刑事と仲良くなりたい、とか考えている場合じゃないのだ。これまでの刑事風の事件への参加方法は、刑事を装って現場検証に潜入し、わかったら推理し始めて解決し、わからなかったらバレる前にこっそり帰るというものであった。しかも、焼き鳥が食べたくなったら推理そっちのけで帰った。そのために、解決してもしなくても、刑事たちの間では、白手袋の代わりに軍手を付けた怪しい刑事風の奴がいるということで噂になっていた。というか警戒されていた。
 今から仲良くなろうとか無理な話なのだ。大体、引きこもっている時点で不可能。
「寒っ」
 外は寒いし中も寒いし、事件は全然起きない。

新年あけました

 やっとというか初めてと言うか、やる気が出たのか知らんけど、依頼人が訪ねて来た。刑事風のやる気が世間に伝わったようだ。伝わったからといって依頼人は必ずしも来んけど、刑事風は自分の努力が報われたと安堵した。
 依頼人はダンディな爺であった。金持ちや……。と一目見て確信した刑事風は自らも渋さを醸し出そうとした。ビデオカメラで撮影して後で確認したらコントみたいになってそう。と気付いた刑事風は醸し出すのを止めた。醸し出せてないけど止めた。そんな間抜けな醸し出しに対する刑事風のこだわりなどダンディ爺は無視した。眼中にすら無かった。
 刑事風はパイプ椅子を出して来て取調室風の机の前に置いた。高級感ある革張りのソファーがあれば良かったなあ。と刑事風は今までのほぼ全てに後悔した。ダンディ爺をパイプ椅子に座らせて容疑者待遇はまずいよなあ。まずいまずいと焦りながらも、刑事風は口を開いた。
「どのようなご用件でしょうか」
 若干渋くなったのは本人にとっても意外であった。
「実は、わたくし、この近くにある会社の御曹司の執事をしております」
「はい」
「その御曹司が失踪しまして、捜索をお願いしに参りました」
 なるほどー。と刑事風は唸った。殺人事件じゃなかった。ええ?外は寒いよ。でも報酬はありそうや。これはやるしかないな。
「やります!」
「じゃあお願いします」
 そう言ってダンディ爺は懐から御曹司の写真と封筒に入った前金と連絡先を書いた紙を出して机の上に置いた。
「何か心当たりはありますか」
「無いです」
「無いですか」
「警察に連絡はしましたか?」
「いいえ。世間に知られるとまずいので、秘密裏に捜索してもらいたいのです」
「ああ〜。そうですか」
 ダンディ爺は帰って行った。
 前金を確認すると、五十万円入っていた。真面目な方のやつであった。嫌がらせではなかった。
 それにしても、写真しか無いのにどうやって見つけりゃいいのか。刑事風は捜索専門探偵でもなければ経験もそんな無かった。ひとまず昼時だったので、貰った五十万から一枚抜き取って焼き鳥をたらふく食いに外へ出た。
 たらふく食ったので、刑事風はとりあえず目についた通行人とコンビニ店員に写真を見せまくって目撃情報を手に入れようという作戦を始めた。ちょっと腹一杯過ぎて行動範囲は狭まりまくったが、本人は充実していた。充実したレベルの低いフィールドワークを展開した。
 その結果、駅の開発されてない方にあるビジネスホテルとその向かいのドラッグストアと近くのコメリらへんで目撃情報が集まった。どうやらそのビジネスホテルに宿泊しているようだ。
 刑事風はコメリに入店した。御曹司がいた。レジの横に設営されたお菓子と幼児向け玩具コーナーの前にしゃがんで何かを選んでいるようだった。
 すぐさま、執事に渡された電話番号にかけた刑事風はその後、報酬を渡されて焼き鳥生活を満喫した。それでいいのか刑事風、そんなんでいいのかー。というツッコミは刑事風が頭の中でスルーした。


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