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2015年04月05日

桐箱入りの梨  仮名石洋平

 今ほど便利じゃない、ちょっと昔の話。小さな池と段々畑、古いお寺に田んぼがある小さな農村の仲良し三人のお話。

 マーくんは、木材加工職人の家の長男で器用な男の子。
 アイちゃんは、お父さんが学校の先生をしていて少し大人びた女の子。
 ミキちゃんは、梨農家の四人兄弟の長女で働き者の女の子。
 彼ら三人のお話。
 マーくん、アイちゃん、ミキちゃんの三人はいつも一緒。川で魚を取って遊んだり、森に探検に出かけたり。小さいころから三人で遊ぶのは当たり前でした。
 

 マーくんたち三人の村では、年の初めにお寺の和尚さんが占いをします。鹿の骨を火であぶって生じた亀裂でその年の一年間の農作物の取れ高を占います。占いは仏さまの教えとはどうやら違うものらしいのですが、昔から和尚さんのこの占いはよく当たると信じられてきたので村の誰もが占いの結果に真剣に耳を傾けます。
 占いによると、豊作。ですがこれには条件があるのです、と和尚さんは言いました。でも、それが何なのかは和尚さんもわからないようでした。
 

 その年の夏祭りの日、マーくんは初めてお神輿を担ぎました。お神輿を担がせてもらえるというのは、大人として認めてもらえたという証拠。そう思ったマーくんはうれしくなっていました。
 ミキちゃんのお母さんは夏祭りの日の前までに、かわいらしい浴衣を縫ってあげました。「ミキはいつもお父さんお母さんの畑仕事や、小さい弟たちの面倒を見てくれるからね」といって、夕暮れを過ぎて家族が寝静まった頃、眠い目をこすりながらチクチクチクチク縫いました。
 夏祭りの日、ミキちゃんのお母さんは「私にはこれしかやってあげられないけど」といって、ミキちゃんに渡しました。
 紫の朝顔の柄の浴衣に袖を通したミキちゃんはうれしくなりました。質素な柄でしたが、とてもよくできていました。ミキちゃんはお母さんがとっても働き者だということを誰よりも、わかっていたので感謝の思いで、涙でいっぱいになりました。
 ミキちゃんはこの浴衣を着てお祭りに出かけました。浴衣を誰かに見せたくてたまらなく感じていました。
 ミキちゃんがマーくんたちを探していると、アイちゃんに会いました。アイちゃんも赤の金魚の浴衣を着ていてとても似合っていました。
 「その浴衣、キレイだね。どうしたの」
 ミキちゃんが聞きます。
 「お父さんが町で買ってきてくれたの。いいでしょう」
 アイちゃんはそういうと自慢げに、浴衣の中で踊る金魚を見せました。
 「ミキちゃんは、その浴衣どこで買ったの」
 アイちゃんはそう言ってミキちゃんの浴衣の朝顔をキレイねと眺めますが、ミキちゃんはお母さんに作ってもらったと言い出せませんでした。ミキちゃんは少し、そんな自分が恥ずかしくなりました。
 二人で大人たちが担ぐお神輿を見ていると、そこにマーくんがいるのをアイちゃんが見つけました。
 お寺の境内に入るとお神輿を担ぐ声はいっそう賑やかになります。男たちの威勢のいい掛け声でいっぱいになるのです。神輿の動きも激しくなり最高潮を迎えます。そんな大人たちの中で必死に担ぐマーくんはとても男らしく見えました。
 お神輿が終わって、マーくん、アイちゃん、ミキちゃんの三人は集まりました。浴衣姿の二人を見て、マーくんは少し恥ずかしくなって照れました。
 「マーくん、いいでしょう。浴衣、買ってもらったんだ」とアイちゃんが言います。「どう? いいでしょう」
 マーくんは困った顔をして「金魚が――、かわいいね」といって頭を掻きました。
 

 それから三人で出店を回りました。夏祭りの楽しみは夕暮れを過ぎてからの盆踊りで、着々と準備が進んでいました。
 提灯に明かりが灯る頃、ミキちゃんの一番下の弟が泣きじゃくっていました。どうやらお母さんと一緒にきていてはぐれてしまったようでした。
 もう少しで盆踊りが始まるようでしたがミキちゃんは弟を連れて帰ることにしました。
 「残念だけど――」といって別れた後、振り返ってみるとそこには手をつないだマーくんとアイちゃん二人の影がありました。


 梨の花が落ち、実が膨らみ始めるころ、大雨が降りました。村の半分の田畑が荒れ、人々は困り果てました。
 村の人はお寺の和尚さんにすがりました。ですが、自分の田畑すべてが大雨で氾濫した川に流されてしまった人たちは和尚さんに不信感を抱きました。そういう人は少なくなかったのです。また、こんな占いに頼ってるせいで村の近代化が遅れを取っているんだと言う人たちも現れました。その中にはアイちゃんのお父さんもいました。アイちゃんのお父さんを筆頭に和尚さんの占いを疑問に思う人は少しずつ増えていきました。
 

 そんな雨が通り過ぎたある日、アイちゃんは病気にかかりました。アイちゃんのお父さんが町から連れてきたお医者様は流行り病では無いといっていましたが、いっこうに治る気配はありませんでした。
 ミキちゃんとマーくんは毎日欠かさずお見舞いに行きました。ですが、アイちゃんは日に日に痩せ細っていきました。
 困ったミキちゃんはお寺の和尚さんに助けを乞いました。マーくんたち仲良し三人のことは知っていたので、かわいそうに思った和尚さんは助言をしました。
 それはミキちゃんの家で育てている梨をミキちゃんが自分の手で取ってきて、マーくんが作った桐の箱に入れてアイちゃんに持っていくというものでした。
 「二人の思いがこもったモノを届ければ、きっとアイちゃんも良くなりますよ」と和尚さんは言いました。
 ミキちゃんは和尚さんに言われたことをマーくんにお願いすると、快く引き受けてくれました。マーくんも和尚さんの提案に大賛成でした。
 マーくんは、お父さんに桐細工の職人の鍛錬の一環として桐箱づくりを許してもらい、精魂を込めて作りました。
 ミキちゃんも、病床のアイちゃんに梨をあげることをお父さんお母さんに許してもらい、一生懸命働きました。
 そして二人は桐箱入りの梨をアイちゃんに渡しました。アイちゃんはとても喜びました。涙を浮かべ、「ありがとう」と何度も何度も言いました。
 ですがアイちゃんは良くなりません。咳が出るようになり、顔色も少し悪くなりました。
 困ったミキちゃんとマーくんの二人は和尚さんに聞きに行きました。和尚さんは「丹精込めた桐箱と梨を送り続けましょう」といいました。
 二人はより一層、気持ちを込めて桐箱入りの梨を作り、マーくんの箱ができ次第、アイちゃんのところに持っていきました。
 
 
 梨の実が最も大きくなるころ、アイちゃんはついに自力で立てなくなり一日のほとんどを眠って過ごすようになりました。
 アイちゃんのお父さんはいろんなところからお医者様を連れてきては様々な薬を飲ませますが、効き目がありません。
 マーくんの作る桐の箱は最初のものから比べると、とても精巧なものになりました。箱に彫られた細やかな装飾はどれも繊細でいて力強いものでした。マーくんのお父さんも唸るほどのものが作れるようになったのです。


 そんなある日、二人が桐箱入りの梨を持っていくとアイちゃんのお父さんが出てきました。アイちゃんのお父さんはどうやら怒っているようでした。
 「君たち。なんだね、それは」桐箱入りの梨を見てアイちゃんのお父さんは言いました。
 「ぼくとミキちゃんで、作ったんです。アイちゃんのために」とマーくんは言いました。
 「アイちゃんに渡しておいてください」
 マーくんがアイちゃんのお父さんに渡すと、梨を中から取り出し桐の箱は地面に捨ててしまいました。
 「ああ、君が作っていたのか。やめてくれないか。処分するのに困っているんだ」
 ミキちゃんとマーくんは思いもしなかった返答に怯えます。
 「梨は頂いておくよ。アイも梨なら食べられるようなんだ」
 マーくんは土の付いた桐の箱を拾い、うつむきます。自分が丹精込めて作ったものが捨てられているなどとは、思ってもみなかったのです。
 「今度からは梨だけにしてくれないか」
 そう言ってアイちゃんのお父さんは玄関の戸を閉めてしまいました。
 

 マーくんは混乱しました。ぼくの桐の箱はいらないのか。ぼくの桐の箱の何がいけなかったのか。何がアイちゃんのお父さんを怒らせてしまったのか。アイちゃんはぼくの桐の箱をどう思っていたのか。アイちゃんはぼくのことをどう思っているのか。アイちゃんのことを思って、納得がいくまで何度も何度も作り直してきたあの苦労は何だったのか。
 それは誰にもわかりませんでした。
 それからはミキちゃんが一緒にアイちゃんのお見舞いに行こうと言っても、マーくんは行こうとはしませんでした。マーくんはお父さんの仕事を手伝うばかりで、以前のような明るさを失ってしまいました。
 ミキちゃんは和尚さんに相談にしに行きました。すると和尚さんはミキちゃんに問いました。

 「ミキちゃん、あなたはどう思っているのですか」
 
 ミキちゃんは自問しました。

 
 梨の季節が終わるころ、ミキちゃんは梨を持っていきました。マーくんがアイちゃんのお見舞いに来なくなった後も、梨を持ってお見舞いに行くことは欠かしませんでした。
 ミキちゃんはこの日、梨を持ってお見舞いに行くのも最後になるだろうと思っていました。
 アイちゃんは以前のような可愛らしい面影は消え去り、頬は痩せこけ、髪は乱れ、目を開けるのもやっとのようでした。
 アイちゃんのお母さんが、「アイ、ミキちゃんが来てくれましたよ」というと、アイちゃんは枕の上の頭を動かします。
 「こんにちは、アイちゃん」
 ミキちゃんは梨をアイちゃんのお母さんに渡し、枕元に座りました。
 「いつもありがとうね、ミキちゃん。ご飯ももう――、もうあまり食べられないのにミキちゃんの梨だけは、いつも『おいしい、おいしい』って――、そう言って食べてくれるのよ。――本当にありがとうね、ミキちゃん」
 アイちゃんのお母さんはいつもミキちゃんにお礼を言います。綺麗で上品だったアイちゃんのお母さんも、今では疲れきった様子で別人のように変わり果てていました。
 「じゃあ、アイ、梨を切ってくるわね」
 アイちゃんのお母さんはそう言って台所に行きました。ミキちゃんは、アイちゃんのお母さんの目に涙が浮かんでいるのをはっきりと見ました。


 「今日もマーくんは来てくれないのね」
 アイちゃんは目を開けてミキちゃんの顔を見ると、そう言って泣き出しました。
 「マーくんに会いたいよう。どうして来てくれないの。マーくんはアイのこと嫌いになったのかなあ。ねぇ、ミキちゃん。そうなんでしょう」
 ミキちゃんはアイちゃんの手を握ります。アイちゃんの手は冷たく、そこからは生きているという実感を得られないほどに細くなっていました。それは死人の手でした。
 アイちゃんは、大粒の涙を浮かべて言います。
 「そうなんでしょう」
 ミキちゃんはそんなアイちゃんの目を見て言います。
 「和尚さんがね、言っていたの」
 ミキちゃんは少し間をおきます。
 「何? なんていっていたの」
 ミキちゃんはアイちゃんの手を強く握って言います。
 「梨と桐には――、梨と桐には『忌み言葉』っていう意味があるの。どういうことかわかる」
 アイちゃんは首を横に振ります。涙の滴がこぼれます。
 「桐は『したきり』、わかりやすく言うと『寝たきり』。そして梨は――」
 ミキちゃんはアイちゃんの目からそらさずに言います。
 「――梨は『亡し』」
 一呼吸おいてミキちゃんは言います。
 「亡くなるってこと。死ぬの」
 アイちゃんは呼吸が止まったように、じっとミキちゃんを見つめます。
 「え、ミキちゃん、なんて言ったの」
 「アイちゃん。死ぬの。――アイちゃんは死ぬの。でも信じて。わたしも、わたしもマーくんのことが好きだったの。大好きだったの。――ね。だからね、安心して死んで。天国でわたしたち二人のことを見守って」
 そういうとミキちゃんはアイちゃんの手を振り払います。力なくアイちゃんの手は布団に落ち、ミキちゃんは立ち上がります。
 「――いや。やだよ。死にたくないよ。」
 ミキちゃんは枕に顔を埋めて泣きじゃくるアイちゃんを見下ろし、アイちゃんを一人残して出ていきました。
 すすり泣く声だけが聞こえていました。


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